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2025年に触れたコンテンツ振り返り

· 約14分

2025年に触れたコンテンツについて軽く振り返る。

2025年1月

PSYCHOSIS with Dowser 音像空間劇「JINMENSO-人面疽-」

舞台演劇作品で、御茶ノ水のRITTOR BASEで上演されていました。規模は、出演者が4人、客席が20人から30人ほどだったか。30代を中心に女優4人の構成。 谷崎潤一郎の『人面疽』を中心にいくつかの谷崎の作品をベースにした作品だった記憶。

割と朗読に寄っていた感じを思い出すが、1年前に見たことはかなり記憶が飛んでいる。登場人物の仄暗い感情の表現を愉しむ方向性な気がした。 感情表出はそれほど激しくなく、複雑な表現をしていたような印象がある。

2025年2月

機動戦士Gundam GQuuuuuuX -Beginning-

TVアニメの先行上映版。Xで話題だったので急遽見に行った。シャリア・ブルのキャラデザを変えすぎという印象はあるものの、映像自体はだいぶ良かった。 内容は概ね、本放送の最初の2話分相当なので、これで盛り上がっていたガンダムオタクは適当なフックに引っ掛かればだいぶ盛り上がるんだなと思った。

2025年3月

Rabbit House Talk Party 2025

アニメ『ご注文はうさぎですか?』のイベント。会場は市川市文化会館大ホール。二部あって、両部とも参加した。 だいぶ久々に開催されたような。この前に行ったのはパシフィコ横浜で開催された「Rabbit House Tea Party 2022」だった記憶。

Tea Partyより小規模なものの、Petit Rabbit's with beans は勢揃いしていた。 いつもの雰囲気。これまでのアニメの内容を振り返って、出演者が選ぶ名場面コーナーをやっていた記憶がある。

クイズコーナーでキャラソンを5曲だったか同時に再生して全ての曲を当てるというものがあったが、キャラソンを重ねて再生するとゲーセンの音になるんだなあという感想。

イベントの最後に新作アニメの制作決定発表。かなりテンションが上がった。

「きんいろモザイク」原作15th記念 上映会&スペシャルトークイベント

Pretty Days と Thank You! の上映会+出演者と制作スタジオのプロデューサーによるトークイベント。川崎チネチッタで開催。全2回のうち、1回目の方を見に行った。

Pretty Days はかなり久々に見たのでこんな話だったなあとしみじみと思っていた。 トークショーは結局Rhodanthe*のメンバーは全員揃ったんだった。みんな元気だなあという気持ち。

書いていて思ったが、9ヶ月前のこともだいぶ記憶から飛んでいるな。

白夜月蝕の少女航海記

舞台演劇。高取英の戯曲。百夜一夢による上演。四谷三丁目のライブハウスCON TON TON VIVOにて。

およそ半世紀前の作品だが、当時の時世を反映したと思われる内容があり、微妙によくわからない感触だった。 この作品は高取英のデビュー作で、まだ後年のスタイルは確立されていない。ただ、早い段階から実のところ笑いに振ってるタイプの作家なのかもしれない気がした。

ソーシャルメディアを観察していると20代から30代の若い人たちは高取英の作品を真面目に受け取りがちのようなのだが、どうも不謹慎ジョークの方向性を持っているような気がする。 私が2024年11月に見た『冥王星の使者』もそうだったが、真面目な演劇なように見えて観客は内心笑いをこらえるのが想定されているような気もしなくない。 (まあ、『冥王星の使者』は新興宗教ネタなので、それで笑うのはだいぶ捻くれてるのだが…)

2025年4月

機動戦士Gundam GQuuuuuuX

TVアニメ。4月から7月まで放送の1クール。

珍しく、Amazon Primeで可能な限りリアルタイムで見ていた作品。 とりあえず物語の設定の勢いだけで進んで後半ぐだぐだになるんじゃないのと思いながら見ていたが、急展開を繰り返しつつなんとかまとまった。 さすがにスタジオカラーなのでまとめられたと見るべきか、あるいはガンダムシリーズは周辺作品まで含めると話をまとめるための材料が揃っていると見るべきかもしれない。

東京春祭 for Kids 子どものためのワーグナー《パルジファル》

子ども向けにリブレットを短縮、一部を除き日本語の地のセリフに変更したオペラ。

歌手は意外にもそこそこ良かった。仮設の劇場だったが、バイロイトと提携しているだけあって、オーケストラはちゃんと客席から見えないところに隠してあった。 Parsifal はフルで見ると私は寝かねないのでこれくらいでちょうど良かった。

SNSと時代を挑発したスキャンダリスト寺山修司

渋谷ヒカリエのBunkamura Gallery 8で開催されたトークイベント。登壇者は幾原邦彦と笹目浩之の二人。

トークショーのタイトル通り、ずっと寺山修司の話をしていた。幾原監督は若い頃に天井桟敷を追いかけていたらしい。面白い話をしていたが、書き残すのはやめておいた方が良さそう。

2025年5月

演劇実験室◎万有引力第78回本公演 奴婢訓ーNuhikun

舞台演劇。寺山修司の作品。万有引力による上演。

寺山修司による宮沢賢治の解釈のように見える作品。宮沢は超平等主義を掲げるのだが、寺山の解釈ではそんな理想を掲げても奴婢たちは入れ替わり立ち替わり上下関係を再生産してしまう。 寺山が何を見てこの作品を書いたのかがわからないが、私は奴婢訓に東京の労働者を見てとってしまう。東京の労働者は共同体を重視し、平等主義を理想とする(特に能力面では平等という信念がある)のだが、実際には椅子取りゲームを繰り広げている。(奴婢訓では靴を取り合っているが)

あまりにも無益で生産性のない東京の労働者と同じく、奴婢訓の内容も場面の寄せ集めといった感じで何らかの目的(telos)に向かっていくわけではない。というようなことを私は考えてしまう。

演出は特に音楽は良かった。なんというか、言語化しにくいタイミングのようなものが一番重要な気がする。

2025年6月

6月は特にどこにも行かなかった気がする。5月末に札幌に遊びに行った影響。

2025年7月

Salon de Tanedaへようこそ♪

音泉の番組イベント。昼の部のBirthday Partyのみ参加。会場は浜離宮朝日ホールの小ホール。会場のアクセスが良い。

去年に引き続き種田梨沙の黒歴史ノートの公開イベント。Final Fantasy にかなり影響されてるなという感想。種田さん、今からでも本格的にイラストや漫画を描いて欲しい。

PEACH-PIT25周年特別展

漫画家PEACH-PITの展覧会。会場は原宿のハラカド。

作品単独の展覧会は何度も開催されていたが、今回は作家の作品全体。短編作品の紹介もあった。色々な作品を通して見ると、割といろんなことに挑戦している作家なんだなあと思った。

PSYCHOSIS 『盲人書簡◉上海篇』

舞台演劇。寺山修司の作品。劇場はザムザ阿佐ヶ谷。

寺山修司幻想劇集に収録された作品だが、本当に幻想的な作品なのだろうか?確かに目玉のような幻想文学によく出てくるモチーフは出てくるものの、実際にやりたいことは realism とか verismo の系統のような印象がある。 どっちかというと、見たくない現実を見せつける作品のような印象がある。小林少年は盲になって何も見えない、あるいは見たくない状態になるのだが、観客はそれを見せ付けられる。 恐怖や不安が侵入してくるのだが、侵入先が夢か現実かはわからない。この点は幻想的だが、やはり純粋に幻想的ではない気がする。

演出は好き勝手やっており、これはこれで良い。小林少年の悪夢みたいになっていた。

2025年8月

DJDJなパラレル・オペレッタ音楽宮殿劇 VSわたし蜃気楼 ―月よりももっと遠い場所、そこはここかも知れない―

音楽コンサート。演出家・音楽家のJ・A・シーザーのコンサート。

J・A・シーザーはこんな感じなんだなあという感想。それほど何か言葉を捻り出せるほど見慣れているわけではない。七原帝子が良かった。

月蝕歌劇団・蠍座企画ワークショップ「ことげき」

演劇ワークショップ。

珍しく能動的に参加するイベント。全くの素人なのでその場で演技を繰り出すのはだいぶ苦しい。考えながらやってる感。とはいえ人とお芝居をするのは楽しかった。

2025年9月〜2025年10月

多忙につき特に何も見ていない。

2025年11月

演劇実験室◎万有引力◎第79回本公演 寺山修司生誕90年記念・第2弾 レミング

舞台演劇。寺山修司の作品。劇場は下北沢のザ・スズナリ。

四畳半のアパートの壁が突然消えたぞっていう場面から始まる作品。割と幻想的な印象があった。とにかくいろんな登場人物が出てきて現実か夢か空想か幻覚かよくわからなくなってくる。

ただ、お芝居を見ていて終わりがいつ来るのかわからない。この感覚がちょっと辛い。

壁が突然消えるというシチュエーションはどうも独自ではないというか汎用的なモチーフな気もする。ドラえもんにそんな感じのひみつ道具なかったか?まあ同様のモチーフでも人によってそれをどう膨らませるかのテイストは異なる。

月蝕忌「百年の孤独」

舞台演劇。寺山修司の作品。劇場は荻窪のオメガ東京。

自分の中で全く解釈ができていない。あまりよくわからない作品。

METライブビューイング《夢遊病の娘》

メトロポリタンオペラの公演の映像上映。東劇で鑑賞。

Bellini のオペラで筋の展開はあまり早くなく、歌唱に重きが置かれている作品。

演出はAminaの抑圧された精神にフォーカスしていたような感じだった。割とおとなしい演出かと思ったら、最後の最後で演出家の解釈をぶち込んできた。

幕間インタビューに出ていた演出家によると1830年代は夢遊病が流行のテーマだったらしい。ところで、知らない間にロランド・ビリャソンが演出家になっていた。

そらの孔第一回実験公演『青い花の寝醒め』

舞台演劇。御茶ノ水のRITTOR BASEにて上演。

目隠しをして鑑賞する実験的な作品。聞いているうちに方向感覚がなくなっていった。

作品の内容は、その時の自分の精神状態には向いてない感じだった。

『夕実&梨沙のラフストーリーは突然に』第3回番組単独イベント

文化放送の番組イベント。会場は文化放送メディアプラスホール。昼夜両部とも参加。夜の部のみ西明日香がゲストとして参加。

昼の部のゆみぴょんたいそうとジングル収録は非常に楽しかった。とはいえちょっと恥ずかしい。

夜の部のママみ選手権はよくこれをステージの上でできるなあと思いながら見ていた。赤ちゃんの演技をしていても全く恥ずかしさがないのがすごく、3人ともやはりプロの役者なんだなあ。

ただ、ママみ選手権の考案者である西明日香によると、この企画はそもそも観客をステージに上がらせようとしていたようだが、それは西明日香自身でファンを集めてワークショップのような形式で開催した方がよろしい。

2025年12月

PSYCHOSIS 幻魔怪奇劇 「DGURA MAGRAードグラ・マグラー RE/再演」

舞台演劇。原作は夢野久作の小説、高取英による翻案。劇場は下北沢の劇・小劇場。

原作小説のエピソードを削ぎ落としたり、一部変更しながら2時間ほどの演劇にまとめた作品。

小説よりも舞台翻案の方が探偵小説としての構造はよりはっきりとしている。小説はいろいろと脱線する上に脱線が長く、読んでいて何やっていたかわからなくなっていく。

演出は好みなのだが、原作小説の文体練習帳的な側面を考えると、一面的にPSYCHOSISの演出スタイルにしていいんだっけという疑問は若干残る。

『ドグラ・マグラ』は複数の文体で書かれた小説で、現代語だけでなく、漢文訓読体(とはいえ昭和初期なので平易な書き振り)の部分もあり、舞台翻案では削られているが青黛山如月寺縁起は古語(説話文的でそれほど難しくない)で書かれている。 その文体の違いを舞台演出に反映しなくていいんだっけ?という疑問はあるが、それはどう扱うべきかは悩ましい部分でもありそう。

ところで、『夢遊病の娘』に続いてまた夢遊病がモチーフとして採用されている作品だった。扱われ方は変わっているが、だいぶ息が長いモチーフである。1830年代のヨーロッパから1930年代の日本まで、さまざまな作家を経てたどり着いていそう。

まとめ

振り返って見るとだいぶいろいろ見ていた。忙しい。そろそろ自分の時間を確保した方がいい気がする。