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MET 2024 オッフェンバック『ホフマン物語』を観た感想

· 約8分

2024年11月9日(土)にMETライブビューイング2024-2025のオッフェンバック『ホフマン物語』を観たので、いくつか思ったことを書く。

おおまかな感想

今回見た公演は以下のページで紹介されているもの。

19世紀プロイセンの小説家E.T.A.ホフマンの小説をベースにして、ホフマン自身を主人公にしてしまった作品。 『ホフマン物語』の筋の流れは大体以下の通り。

  1. プロローグ。酒場にホフマンがやってきて歌姫ステラを待っている。ステラには3つの人格があるといい、過去の恋愛の思い出に移る。
  2. 自動人形オリンピアとの恋。元ネタは『砂男』
  3. アントニアとの恋。元ネタは『クレスペル顧問官』
  4. ヴェネツィアでのジュリエッタとの恋。元ネタはおそらく日本語訳がない。
  5. エピローグ。再びプロローグの酒場に戻る。ステラがやってくるがホフマンはよくわからないうちに恋に破れる。

プロローグとエピローグは物語の中の現実世界なのだが、3つの恋の話はホフマンの記憶というか幻想の世界で、現実と幻想が混ざり合っているように移りゆく。

作曲はオッフェンバックで、彼のオペレッタほど派手さというか騒々しさはないもののオッフェンバックらしさのある曲になっている。 歌詞によく擬音語が使われている。開幕すぐの "glou glou" からそんな感じ。 オペレッタでもオッフェンバックがやる他の作品からの引用も、第一幕でニクラウスが『ドン・ジョヴァンニ』の "Notte e giorno faticar" をもじった歌詞の歌を歌う。

オリンピア、アントニア、ジュリエッタの3人にちゃんといい歌があるのがやっぱり良い。 特にジュリエッタとニクラウスの二重唱は官能的て聞いていて心地が良いし、イントロが耳に入った途端体が震える。

MET Live on HD恒例の幕間インタビューで印象に残ったのはオランピア役のモーリーのインタビューと指揮者のアルミリアートのインタビュー。

モーリーのインタビューは事前収録だったが、ピアノを弾きながらの "Les oiseaux dans la charmille" の解説で演技に対するこだわりが感じられる。

アルミリアートのインタビューでは、この作品は何かが足りなくて傑作になっていないという話をしていた。 ただ、『ホフマン物語』の楽譜に複数のバージョンがあり、今回の上演のバージョンはかなりよいとのこと。

バートレット・シャーの演出は美術がよく、結構自分好みのスタイル。複数のスタイルが混ざってるはずだがガチャガチャとした印象になっていないのがすごい。

作品自体に対する感想とか

ホフマンは1822年に亡くなっていて、この『ホフマン物語』の初演は1881年なので、ホフマンが亡くなってから半世紀以上経ってから作られたことになる。 それだけ時間が隔たっていても、ホフマンの作品をベースにしてホフマン自身を主人公にしてしまうという突飛な劇が作られるのは、やっぱり普通のことではなくてホフマンの影響力が大きかったんだろうなと思わせられる。

気になって少し調べてみたところ下記の論文が見つかった。

どうやらE.T.A.ホフマンはドイツでは存命中は流行していたものの死後はゲーテに批判され忘れられていたようであった。 ところが、パリの大衆はホフマンの作品が気に入ったらしく長い間読まれていたらしい。 また、19世紀フランスの作家たちはホフマンの影響を受けて幻想小説を書いていたようだ。 論文の中で挙げられているネルヴァルの作品は少し読んだことがあるが、こういった背景を踏まえてまた読み直す必要がありそう。

上記論文p.58で「幻想的(fantasique)」という語の意味を論じている。この語は「驚嘆すべき(merveilleux)」とか「奇怪な(macabre)」といった語に近いといったことを言っている。

「幻想的(fantastique)」という語は、したがって、この時期に特有の歴史的・文化的な意味を担っている語として捉えなければならない。 つまり、とくにホフマン文学に端を発してこの語が広く用いられはじめたことを考えるならば、 そこに込められた意味は「驚嘆すべき(merveilleux)」や「怪奇な(macabre)」とも境を接しながら、 独自な意味群を形づくっていると考えなければならないのである。

関係があるかは全くわからないが、merveilleuxという語を見て下記のドレスを思い出した。 これはフランス革命期の恐怖政治の後に流行したファッションで、Incroyable et Merveilleuseと呼ばれた男女のファッションである。 明らかに怪奇な衣装で、こういったものが流行していたから幻想文学が流行する素地があったんだろうなと思わせられる。

1800年。冬のドレスに身を包むパリの女性たち。茎付きの花が咲いている帽子を被り、目の周りは髪の毛か布で隠れている。
ドレスはネグリジェのようで乳房や臀部が顕になっており、透明なヴェールをドレスの上に着ている。イギリスの風刺画家クルックシャンクが描いた。画像はWikimediaより。
1800年。冬のドレスに身を包むパリの女性たち。茎付きの花が咲いている帽子を被り、目の周りは髪の毛か布で隠れている。 ドレスはネグリジェのようで乳房や臀部が顕になっており、透明なヴェールをドレスの上に着ている。イギリスの風刺画家クルックシャンクが描いた。画像はWikimediaより。

『ホフマン物語』を通して「幻想的」という語という意味をなんとなく理解した。これを足がかりにして現代日本の演劇の話もしたいが、今回はここで終わり。